奈良では「正倉院展が始まるとお正月の準備を始める」というと本当だと思うでしょう。でも実感としてはその通りで、12月の御祭りなんかは「ゆく年くる年」の心情です。

本日は阿弥陀如来坐像掛佛をアップしました。大振りで重厚な鎌倉期の作品ですが、地方作ゆえ古拙な雰囲気に満ちております。お顔やプロポーション等には藤原期のよすがを感じさせ、白色系の鍍金にも一連の経塚遺宝を想起させます。真に魅力ある掛佛です。店に展示して御座いますので秋の散策がてら、また正倉院展と絡めてお立ち寄り下さい。

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今年は季節の引きが早いようです。夏の残り香は儚く、気がつけばもうすぐ重陽。今年も残すところ3ヶ月なんて冗談みたい。まぁ、毎年そんなことを繰り返してる訳ですが「走馬灯」は夏の娯楽。冗談をつぶやくのには少し遅かったようです。

さて本日は懸仏をアップしました。室町時代のもので、小さく愛らしい像様です。火中の荒れはありますが、鍍金も若干残ります。チャームポイントの左手首を「くいっ」と曲げながら、にんまり笑うナゴミ系。飾りやすい大きさも魅力です。

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夏の終わりに、業者の先輩方と仲間内で催す交換会へ。会場は比叡山麓、日吉大社内にある瀟洒な御宅。素晴らしい環境の中、数は少ないですが良い仕入れができました。交換会終了後は、もちろん宴会です!日吉大社内にある素晴らしい石塔を拝見しつつ、夏の川床料理を「日吉山荘」さんで。鮎の塩焼きから始まり鯉の洗い、そしてメインは名物のすき焼き。仲間との歓談も楽しく、名残の夏はあっという間に過ぎていくのでした。

今日は初期伊万里の筒茶碗をアップしました。初期伊万里の中でも格段に古い作品で、天神森窯か小溝窯のものと判断しております。最初から意図された歪みと高台内のひょうげた絵が面白いですが、絵の抜け、白磁の上がりも最高レベル。近年、このレベルの初期伊万里筒茶碗はなかなか見る事が出来ないでしょう。夏を惜しみつつ、こんな茶碗で一服できると嬉しいですね。

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夏枯れの午後、皆様如何お過ごしでしょうか。月例報告会の直前、胃の痛む昼食でしょうか。或いはママ友と花はあっても実のない会話の続きでしょうか。近所の釜飯屋の賑わいを尻目にマンウォッチングの日々、悪くないと思いつつ行く末を案じること頻りです。

今日は浄瑠璃寺の摺仏断片をアップしました。所謂「百躰一版」と呼ばれるタイプの断片で、現在は十五躰の像姿を数えます。山城の静かな伽藍に想いを馳せながら、日々愛らしい仏様を愛でることができる幸せ。小さなサイズ故、飾りやすいのも魅力です。

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「おほてらの まろきはしらのつきかけを つちにふみつつ ものをこそおもへ」

會津八一

 

暑中、ガラス風鈴を月に見立てて。

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奈良博で『白鳳展』が始まりました。まだ未見ですが、きっと溜め息まじりで歩を進めることになるでしょう。また向かいの氷室神社では氷の奉納とのこと、かき氷屋が軒を連ねており。奈良は山の人手です。

今日は弥生小壺をアップしました。発色が綺麗で白い「抜け」が愛らしい、上手(じょうて)の作。落としを用いて花を生けるのもよいですが、そのまま鑑賞しても十分「花のある」弥生土器です。

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ギラギラ照りつけるお天道様、明日からは颱風でしばらく一休みのようです。言い訳だらけの悪法や高額な自慢箱も、この際一寸一休みすればよろしい。禍根を残し、解体される。まったく、どれだけ繰り返せば気が済むのか。

さて今日は須恵の六器をアップしました。元来は金銅製の密教法具ですが、金のない地方の寺ではこのようなものを使ったのでしょう。内外に塗布された釉も一部を残し剥落しておりますが、なかなか緊張感漂う一品です。

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今日は梅雨の中休み、洗濯日和です。蝉の声との引き換えに心救われるのは、夕陽の美しさ。空が朱く染まるだけで何故、人はあんなにも感動できるのでしょうか。『人は「懐かしさ」を探して一生を終える』と誰かが言ってましたが、今日も素晴らしいサウダーヂ(ポルトガル語:「郷愁」の意)が訪れますように。

本日は白檀塗の手許箱をアップしました。白檀塗とは平安時代からある技法ですが、手数がかかるために遺物は多くありません。本品は桃山時代の作。おおどかな雰囲気を感じる「かしこい」箱です。

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元・マリア書房の編集者、渡辺航さんが新しい本を上辞されました。その名も『京都日常花』。―市井のいけばな十二ヶ月―というサブタイトルの通り、旅館や料理屋、果ては個人宅まで「花のプロではない」方々(職業としての花人ではない)の花を取材した一冊の歳時記です。「ハレ」でもなく「ケ」でもない「日常の」花であることが、新旧文化の息づく京都を現しているのかもしれません。

「〜花をいけることは、美しい花のいのちへの「信仰」からはじまっています。「いける」の元々の意味は、「花を鎮める」ことです。「なげいれ」は、いけばなのような習う花とは一線を画し、自然と一体となった日々の暮らしに守られ、伝えられてきています。素人・玄人の別なく、万人がいれる花が「偉大なる素人の花」です。」(花人、川瀬敏郎氏による推薦文より抜粋)

実に清々しい、心休まる一冊。当店にて販売中です。

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本日は仏蘭西のパピエマシェ皿をアップしました。パピエ(紙)をマシェ(=マッシュ)しプレスで成形、ラッカーで仕上げた工芸品です。装飾はよく見かける星の小紋プリントと違い、手描きで仕上げられていますので少し古い作品かもしれません。

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修学旅行生も一段落、人もまばらな寧楽の昼下がりです。

本日は朝鮮広州官窯分院の瑠璃地徳利をアップしました。一合弱のサイズも魅力的ですが、なんと無瑕完品!これは朝鮮陶磁にあって奇跡的なことです。陰刻の草花も呉須の色気も一級品。気持ちよく、夏の一献をお楽しみいただけます。

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